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MAHARISHI Version MAX 

New MAHARISHI
です。
2009/04/18(Sat)
Version MAX
そうです。
MAXさんがPlayです。
DJs: MAX mabu miki
2000/1D
DoorOpen 22:00~

DJ MAX プロフィール

IMG_1552.jpg



11歳の時に偶然、遊びに行ったRollerDiscoで当時全盛を誇っていたQuincyJonesやGiorgioMoroderプロデュースのDiscoサウンドに衝撃を受け、以降海外のダンスミュージックに魅了されていく。
日本国内ではメジャーで煌びやかなユーロディスコが席巻しているなか、初期のヒップホップやダウンテンポを中心とした当時の地方では珍しいアンダーグラウンドなPartyを空き店舗やBarにて若干17歳の時に企画、開催していた。その後のブラックミュージックのメジャーへの台頭とともにダンスミュージックを基調としたシーンへの変遷が始まった。
1990年に単身渡米しCaliforniaに拠点を構えて西海岸の緩やかな文化を吸収しつつ、真逆ともいえる東海岸の研ぎ澄まされた文化を体験するために頻繁にNewYorkへ旅する。 実際にそこで体感したSoundFactoryBarのFrankieKnucles,、UndergroundNetworkのMasters at Work、SoundFactoryのJuniorVasquez、初期ShelterのMarlynBobbとTimmyRegisfordなどは今も色濃く影響している。? そして特に大きな衝撃を受けたのは故LarryLevanの追悼式にLoftで立ち会えた時だった。 紹介のみの会員制で、そのフォーマットやスタイルに捉われない自由さはクラブの在り方としてもDJの表現方法としても完全に他とは一線を隔していた。
無名の地下のパーティでは後にBody&Soulでメジャーカムバックを果たすことになるPreludeレコードの敏腕アレンジャーのFrancois.Kが人もまばらな部屋でターンテーブル1台とCDJ1台でAmbientを流していたのを見た時にも衝撃的だった。
西海岸では当時UKから発祥し世界中に飛び火していた、後のTechno、Tranceシーンの基礎ともなったRaveが席巻していてJenoやGarthなどが代表されるUKからの移住組がプレイするプログレッシブが主流となっていたが、本当の意味でのダンスミュージックの普遍的現在形をハウスミュージックに見出し、さらにその原型でもあるダンスクラシックスやソウルなどオーガニックなものを積極的に取り入れた。
そして、念願でもあった本場のハウスシーンでのDJやC lubでの活動を強く決意することとなった。
93年にLosAngeles近郊から、よりリベラルでヨーロッパ的な雰囲気が漂いハウスシーンも確立されていたサンフランシスコに本拠地を移し、本格的に活動に従事し始める。
96年に当時、平日の夜にも拘らずディープハウス系の多くの集客を誇ったDavidHarness(Loveslap)やRubenMancias(Devotion)等がレジデントを務めたLIFTのスペシャルパーティーにて日本からのゲストDJとして招待されダンスクラシックスセットを披露して好評を得る。
以降、市内の多くのClubやBar、ショップなどで日本人としては初のレジデントを務めていく傍ら当時は無名だった多くの著名なDJと共にプレイする機会も得たのだった。
レジデントを収めた場所には専属DJ付高級レストランの先駆けとなったMeccaからGayシーンの中心のBar on Castro、大手アパレルショップのOldNavy本店などがあり、他にも小さなClubやBarを含めると数え切れない。
パーティーを共にしたDJには前述以外にもJeromeSydenh am(Ibadan)、Said(Fatsouls)、MiguelMig&Mauricio(naked music)、Jay-J、JuliusPapp、MarkFarina(MushroomJazz)、Capitol.A(Sylk130)、Dozia(Ovum)、等数え切れない。
98年にはプロダクションとしてSunsoul projectを立ち上げ、自身の企画運営によるパーティなどを精力的に開催する。
111Mianna、BlindTiger、Cats、Butter等、当時のUndergroudシーンを担う場での開催を成功を収めていった。
さらに時を同じくして木曜日の夜ということにも拘わらず当時、記録的な集客を誇ったHeavyRotation@1015FolsomでのレジデントではJapaneseDeepHouseDJとしての地位を確立していった。当時、同じ志を持ち交友が深かったSaid(Fatsouls)のClickというパーティでレジデントを務め、以降さらに彼の代名詞的PartyでもあるAtomosfereの立ち上げの企画を担うことになる。AtomosfereではJoeClaussel(SpiritualLife)、KerriChandler、JeromeSydenham(Ibadan)、Ke nCarpenter、TonyAllenなど様々なDjやアーティストが参加し、西海岸でも最もニューヨークのシーンに近い深さを誇るパーティへと成長していったのだった。
だが残念ながら、2000年にはクラブシーンが地元経済の好景気と同調するかのように文化的にも内容的にも大きく商業化し、物質化してしまったことに異論を唱え、10年にわたり住み慣れたアメリカを離れて更なる新天地を求めて日本へ帰国する。そしてSunsoul projectを日本で継続することを決意する。
その後、大都市に比べてハウスシーンが弱体化していた地元でもある東海地方を中心に自分の活動の場を移したのだった。
?帰国後には愛知や静岡を中心に様々な趣向でハウスミュージックを軸としたパーティでDJと企画運営を多数こなしていく。 小箱のクラブやバーからビーチ、船上パーティまで、海外で培った経験とアイデアで多彩なロケーションで行い、変幻自在なプレイスタイルで人々を驚かせてきた。
現在では静岡市で行われるB6ことBasicsを中心に活動し、常に自己の音楽表現を試している。
他人のプロ?デュースに頼ることなく自身の企画にて運営し、ゲストDJをオファーする際にも自身のコネクションで国内外から招いているのも興味深いといえよう。
過去に参加してくれたゲストDJの代表には
DennisFerrer(Sfere)、JeromeSydenham(Ibadan)、Capitol.A(Sylk130)、
Kastuya(NatureSoul)、Hideo.K(NaganoKitchen)などがいる。
こうしてMAXは現在2009を迎え、更なる今後の進展に注目していただけくことに間違いないでしょう。



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Gallery02(new看板アート) 

先日の音力で出したかったのですが・・・・
間に合わず。。。
本日完成。
凄く小さいのですが存在感たっぷり。
今後これを目印に、
わざと、分かりにくい画像ですが。
御来店の際のお楽しみに。
IMG_1580.jpg
IMG_1582.jpg
IMG_1584.jpg

Gallery01(newトイレ) 

トイレ改装しました。
元のトイレは・・・・
Open3日前に急遽仕上げた為。
手抜き・・・・でした。
ので、
バッチシリニューアル清潔感バッチシです。
IMG_1578.jpg
IMG_1579.jpg

HIATCHI TOOL 

愛用電動TOOLs。。。
気付けば HITACHIばかり。。。
IMG_1565.jpg
IMG_1566.jpg

1号 充電ドリル
IMG_1567.jpg
2号電動ノコ。

IMG_1568.jpg
3号充電インパクト
IMG_1569.jpg
4号糸ノコ
です。

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